在宅医養成の試み(その6)

私自身も、「動けない患者さんを病院に呼びつける」医療に近いことを福岡の病院で行っていました。その患者さんは慢性関節リウマチが主病の70歳代の女性の方で、胃潰瘍の治療を希望され拝見したのがきっかけで10年以上、主に外来で経過を追わせて頂いておりました。20年を超えるリウマチの既往があり、その症状はすでに固定化し、特有の変形を伴ってはいましたが、ご家族に恵まれ、何時も車椅子での受診をサポートして頂いていました。ご子息は救急隊の救命隊員で、お嫁さんは我々の病院の元看護師さんであり、細々とした日常生活の介助を受け、幸せな患者さんでした。息子さんは受診日に合わせて休暇をお取りになり、車椅子を押して近況を診察室で話してくれました。お嫁さんも看護師の視点でいろいろな相談をしていただきました。しかし、あるとき認知症が出現し、それをきっかけに徐々に全身状態が低下して参りました。通院は最早難しく、私は訪問診療をしていただけるある整形外科の診療所の先生に定期的な往診をお願い致しました。その後、一度だけ患者さんのお宅にお邪魔をしてみましたが、私の顔はおろかご家族の識別も難しい状態でした。入浴や栄養管理が大変だと聞きました。
それから数年たったある日、患者さんのご主人が相談にお見えになりました。家族で一生懸命支えてきたが、介護疲れと心労が重なり、燃え尽き状態に陥ってしまった。折からの不況もあり、金銭的にも支えられなくなった、とのこと。優しかったあのお嫁さんも家を出てしまったと聞きました。転院の必要のない慢性期病院を紹介してくれとのご要望に適した病院をご紹介しましたが、あの熱心だったご家族の心がバラバラになってしまったことに衝撃を受けました。
無理を押して通院を支えてくれたあの時期に、在宅医療のネットワークがあれば「動けない患者さんを病院に呼びつける」医療ではなく、「元気な医者が病気の患者のところに動く医療、往診医療」をお勧めできたのではないか、病院も汗をかいて在宅医療を支える行動を開始すべきではないかと感じたのです。