「日本海軍はなぜ過ったか 海軍反省会四百時間の証言より」が教えてくれること(その3 戦争は二度と手に入らない教科書) 

続いて共著者の戸高一成氏がなぜ過去を知らなければならないかを、「次世代へ伝えたいこと」のなかでこう書いています。
 (昭和23年生まれの私の)同世代や下の世代については、歴史に対する考え方のことで危惧を感じています。きちんと知る知らないという以前に、何があったかを知ることが基礎だと思いますから。そういう情報さえ十分ではない、という気がします。きちんと最低限、過去にあったことだけでも若い世代に知ってもらえるように、やっぱり学校の教育がベースを作らないといけないですね。歴史の授業が必修ではないという現実はおかしなものだと思います。それは失敗ばかりではない。歴史は、多くの失敗と多くの成功が交じり合っていると思います。その両方を公平に見て、公平に伝えたい。過去の悪かったことと同時に、いかに日本人が多くの努力をしてきたかという側面も同様に伝えていかなければおかしい。
 そして、過去のことを「ああ、なるほど」といって、物語として知るだけではいけない。なぜ過去を知らなければならないかというと、それが未来を知ることだからです。歴史は教訓というか、教科書、参考資料ですね。ですから、戦争はせっかくの教科書、本当に二度と手に入らない教科書ですから、これを勉強して、二度と同じ過ちを犯さないという、そういう気持ちが基本的になくてはいけないと思います。
 たとえば、私は飛行機乗りの方に話をたくさん聞きましたが、特攻で、それこそ出撃直前に終戦になって助かったとか、出撃したけれど飛行機の故障で助かったという方がいらっしゃいます。そうした方に話を聞くなかで一番問題だなと思ったのは、特攻を命ずるということは、人に死ぬ任務を命ずるわけです。命令ですから嫌も何もないわけで、こういう命令を与えるときに、ほとんどの指揮官が例外なく、「必ず自分も後から行くから、おまえ、行け」と、こういう訓辞をしているのです。特攻を生き残った誰に聞いても、そういう訓辞を受けています。(続く)