「説明は横文字ばかりで理解できなかった・・・群馬大学第二外科報道より」その4

説明支援ナース登場の訳~その1~
 医療事故の報道があとを絶ちません。誤認や技術不足が原因とされる報道に加えて、最近目立って増えているものに、説明義務違反があります。「医師から説明がなされていなかった」、「聞いていなかった」等により病院や医師個人に賠償責任を求めている事例です。医療崩壊(本当は病院崩壊ですが)が社会問題になってからは、マスコミの報道の仕方も以前のように一方的ではなくなりましたが、医療事故に対する患者・家族の視線の厳しさに、医師が訴訟リスクを嫌って、勤務医を辞めて開業医に転じている原因になっているのは変わりません。
 多くのケースでは、医師はある程度は説明していたのだろうと私は想像しています。しかし、言葉が足りなかったり、難しすぎて患者さんや家族の記憶に残せなかったのだろうと思います。そして、カルテにその記載を残さなかったので、医師の言い分を証明するものが何もなく、医療の結果が悪い場合には説明義務違反を問われてしまっているのです。
 われわれ医療人には常識であること、すなわち医療には限界があり、生命予後には不確実性を伴うことを、われわれは患者さんに平易な言葉で伝え理解していただく必要があります。検査や手術には予期せぬ合併症を伴うことを認識していただくことが不可欠です。予期せぬ出来事は何%くらいの確率で起こるものなのか、そしてそれが現実に起こったときはどう対処するのか、もしわれわれが患者さんの立場であれば当然知りたい事柄です。そして、最近の裁判所の判断はそこまでの詳しい説明をすることが医療提供側の義務としています。
 しかし、これだけの説明を忙しい外来医師が完璧に行うことが可能でしょうか。カルテにその証拠を残さなければなりませんが、漏れはないのでしょうか。家族が入れ替わり、何度も求められる説明に果たして医師が対処できますでしょうか。勤務医にとって極めて大きなストレスだと思いますがいい解決方法はないものでしょうか。
5、6年前、われわれの病院で医療事故が起こりました。下部胆管狭窄の女性患者さんに対してERCP 、乳頭拡張術の術中に起こったもので、操作により膵管を傷つけ急性膵炎を起こしました。CT検査で腹水が貯留し、重症膵炎の状態でした。患者さんのご家族の2人の息子さんたちは遠方にお住まいのため、検査の事前の説明は消化器内科医が患者さんご本人にのみ行っていました。ERCP,EPBDの手技や合併症を含めて詳しく図示しながら説明していましたが、息子さん達には伝達されていませんでした。事故の後、後腹膜ドレナージの必要性から若手の外科医も治療に加わりました。急遽息子さんたちに来院していただき、医師団から状況説明がなされましたが、ご家族からは強いご不満と厳しい指摘の声があがりました。病状は一進一退を繰り返し、一時はショック状態に陥りましたが、幸いにも一命を取り留めました。遠方から通ってこられるご家族には大変なご不自由とご負担をおかけいたしましたが、一方で、当院の医師も週末は家族説明のため、休日出勤を余儀なくされました。病棟看護師に対するご不満も多く、例えば「24時間看護のはずなのに、何時も母に看護師がついていない、だから痛みがとれていない」などたびたびお叱りを受けました。入院は10か月に及びましたが、無事に退院を迎えたスタッフは、患者さんに申し訳なく思うのと同時に、合併症を医療ミスと誤解されてしまった後では努力してもコミュニケーションはとれず、説明の大切さをいやというほど知らされました。スタッフも大変なストレスだったと思いますが、私にとって最もショックだったのは、それから暫くして治療にあたったその30代の前途有望な外科医が、燃え尽きてわが病院を辞めてしまった事でした。理事長に就任して4年、大きな試練の一つでした。

「説明は横文字ばかりで理解できなかった・・・群馬大学第二外科報道より」その3

極めてずさんな管理下で、極めて異常なスピードで、この高難度の腹腔鏡下肝臓区域切除が行われてきたわけですが、患者さんや家族への説明はどのように行われ、同意書はどの程度の精度で書かれていたのでしょうか。この執刀医は第二外科の助教という地位にあり、各種学会の専門医・指導医であるわけで、所謂第二外科のエースの一人であったと考えられます(そうでなければ全国平均の10倍を超えるスピードで高難度の手術を行うことを特定機能病院という組織の中で許されることは説明できません)。
報道によるとそのエースが患者さんへのインフォームドコンセントを行ったかについて、病院側は「(本人は)患者に保険適応外手術であることや先進医療であることは伝えたと話している」としているようですが、カルテなどの記録には、助教が患者に説明した記録はなかったそうです。死亡患者8人のうち少なくとも2人の手術同意書に腹腔鏡手術であるという記載自体がないことが判明したと、全国紙は伝えています。さらに、死亡した患者のカルテも全体的に看護師による記入が主で、執刀医が記入した部分は非常に少なく、手術前後の経過は主に看護師の記述からたどるしかない状況で、検証に必要な重要な診療状況が不明確になっているそうです。中には手術当日でさえ医師の記述が全くないケースがあるなど、記録の不備が具体的に明らかになってきました。2011年に手術を受け死亡した患者さんの遺族は「肝臓にできた腫瘍を切ると言われたと思うが、腹腔鏡について説明された記憶がない」と話しているとされています。
遺族の証言に共通することは、「説明は横文字ばかりで理解できなかった。身体に侵襲の少ない方法で行われることをやたら強調された」というものでした。十数年前の2003年、夜も眠れないほど、悩んで、悩んで、解決した「説明と同意」を得るための法人独自の取り組み“説明支援ナース”の誕生を思い出しました。説明支援ナースの誕生の訳を再登場させます(続)。