お勉強はもう苦痛ではないですか? -慢性期医療へのお誘い- (その5)

 急性期病院を60歳あるいは65歳で定年になって、一枚の医師免許証を頼りに療養病床へ勤めを変えることは、半ば当たり前のように行われて参りました。そればかりか医師不足で悩む地方の療養病床では定年後の医師はまだまだ引く手あまたです。医療密度の濃い病棟は慢性期医療では数少なく、今を勝負しないと患者さんが命を落としてしまう急性期病床と比べ、患者さんは明日まで待っていただけます。ゆっくりと調べ物をして、あるいは学んでからでもOK。精神的な余裕が違います。
複線型の教育、スキルアップの必要性を書きましたが、私自身も15年ほど前、ケアミックス型の福岡の白十字病院で療養病棟(当時は介護力強化型病棟と呼んでいたと思います)で7~8人の患者さんを担当していた折、高齢者に対する臨床力のなさを痛感し、戸惑っておりました。当時の療養病棟は過半数の患者さんが経鼻経管栄養で、関節は拘縮した、いわゆる寝かせきりの病棟でした。褥瘡や排尿障害、誤嚥性肺炎、高齢者特有の鬱病や不眠、認知症に対する対処が課題でした。これは現在の療養病棟でも同様と思われます。しかしながら、急性期病棟から転向してきた医師でこれら各領域に対応できる医師はいったいどれだけいるのでしょうか。これらを履修する機会は医学部の教育の中に、ほんの一瞬、断片的に出ては参りますが、高齢者を対象とした系統的な講義ではないために、自信を持って診療に当たれるレベルには達せません。私の知る限り、全国の大学病院にはただの1床も療養病床はなく、学生や研修医が慢性期医療の現場を知る機会はありません。解決しなければならない課題が山のように山積しているのに、慢性期医療を大学が研鑽の場として認めていない以上、系統的な講義はもちろん、新しい知見や技術の開発は望めません。老年科はいくつかの大学にあるものの、研究の対象が高齢者というだけで、高齢者特有の生理や機能を教室員すべてに“慢性期医療のプロ”として教育されている大学を私は知りません。急性期病床として現在稼働している病床数をその数で上回り、長い時間とお金をかけて運営される療養病床が、いまのまま振り向かれない存在でいいのでしょうか。「そんなことは民間でやればよい」「大学でわざわざ研究することではない」と相手にされないままでよいのでしょうか。
数年前、ある大学病院の責任のある立場の教授に、「ぜひ大学に20床程度でいいから療養病床を作ってください。救命救急部で人工呼吸器に繋がれて長期入院している患者さんや病状が安定しないため退院が遅れている患者さんを集めてそのケアを学問として評価し、それを全国に発信してください」と提案したことがあります。無理なお願いと思ってはおりましたが、やはり体よく断られました。

お勉強はもう苦痛ではないですか? -慢性期医療へのお誘い- (その4)

医師は自己研鑽をするのだと日本医師会や地域中核病院の主導で各種研修会が盛んに行われています。ある程度の知識を補うことはできそうですが、系統的な集中プログラムはあまりお目にかかれません。ましてや“明日から役に立つ手技”の取得は望めません。
 医師不足が深刻化し、病院崩壊が叫ばれる中、結婚・育児で長期現場を離れたママさんドクターに対してフレックスタイム制などを活用した再就職支援計画が現在注目されています。紙面では、麻酔科医師などフレックスタイム制度が活用しやすい分野では効果を上げていることを伝えています。しかし、これはゼロ勤務の状態から就勤を目指す試みであり、働きながらスキルアップを目指すこととは根本から異なります。勤務医不足が喫緊の課題となっているのに、スキルアップすれば勤務医寿命がもっと伸びるのに、どうもこの国はこの問題に関して真剣に取り組む姿勢に欠けているように私には思えます。
 我が国の一般病床数は90万床を切り、在院日数の短縮とともに占床率は下がり、確実にその数を減じています。厚生労働省が示す将来像はいつの間にか必要一般病床数は40~50万床とされています。「半分は消えなさい」というメッセージでしょうか。なんとなく一般病床と届けたベットはどこへ行けばいいのでしょう。急性期ベットとして生き残った現場ではとてもストレスフルな毎日です。DPCの導入で常に他院との比較にさらされるようになり、医療の効率化はとめどもなく進みます。「折角入院したのだから、ゆっくり骨休めして」とかつては農耕民族日本人の骨休めの場であった病院も、国家財政のひっ迫とともに在院日数は世界各国のレベルまで短縮するのは時間の問題です。開業が難しくなると、ポストを巡る医師同士の競争は激しくなり、スキルアップが常に求められます。患者さんの家族は強烈な自己主張の団塊の世代、医療技術レベルへの過度な期待と安全管理が当然視される中で医療の不確実性を伝えなければならない難しさなど、患者意識の急激な変化についていけない現場は明るくはありません。いつまでも続く当直と医療訴訟の恐怖など急性期医療の現場にあなたはいつまで耐えられますか。お勉強はもう苦痛ではないですか。そろそろ見切りをつけて、まだまだ20~30年続く自分の将来像について考えてみませんか。

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