私が大学病院で卒後教育を受けた頃、患者さんへの情報提供は医師のパターナリズムによって支配されていました。パターナリズム(paternalism)とは、父親的温情主義、父権主義、父権的干渉主義と訳され、本人の意志に関わりなく、本人の利益のために本人に代わって意志決定をすること、とされています。父親的な強い立場にある医師が患者さんは素人だ。自分で正しい判断を下すことはできない。その結果、医療行為に際しては、患者が医師より優位な立場に立てないことになります。
私は消化器内視鏡医ですので、胃がんや大腸がんの患者さんの主治医を勤めることが多かったのですが、なかには発見時にはすでに進行しきった状態の患者さんや、外科で手術をして頂き、一旦は退院されたあと、再発のために再入院された患者さんも少なからずいらっしゃいました。
患者さんへの病状説明は当時必ずパターナリズムに則ったものでした。「あなたは癌ではありません。しかし、難治性の疾患で時間がかかります。全力を尽くしますので一緒に頑張りましょう」という説明が大半でした。家族には正確に病状を話しますので、予後が不良であるのは理解していただけるのですが、問題は患者さんご本人です。病状は進行し、下血や全身倦怠感、腹水、体重減少など、とても良性疾患では説明のつかない病態の悪化を不安げに訴えられても、「一時的なものですから、腰を据えて頑張りましょう」と云い張らなくてはなりませんでした。ご家族も「決して癌だということを知らせないで下さい」と希望される方が大半でした。最初に看取った末期胃がんの患者さんは、闘病の最後には既に死を覚悟されているようでしたが、「気分を変えるため桜を見に行きましょう」と車椅子で敷地内の満開の桜を見に行きました。ある準公的病院でのことでしたが、これが見納めとしげしげと桜を見ていらっしゃるご老人の横顔を見ていると、「ああそうだったのか」と納得して死に臨んで頂けるために全てを告白すべきではないかという衝動にかられたことを忘れません。
「説明は横文字ばかりで理解できなかった・・・群馬大学第二外科報道より」その9
千葉県がんセンターで腹腔鏡手術後に患者11人が死亡した問題で、県の第三者検証委員会は3月30日、県に報告書を提出しています。同センターでは2008年6月~14年2月までの間に手術を受けた57~86歳の男女計11人が手術当日から約9か月までに死亡し、うち10人に診療行為に問題があったとしています。その10人はいずれも手術で切った臓器をうまく縫い合わせられなかったり、術後の検査が不十分で対処が遅れたりするなどの問題点を指摘されています。なかには、「腹腔鏡手術を行うには技量不足」と技術自体を問題にされたケースも含まれています。手術当日に亡くなった76歳の女性の例では、出血した際に腹腔鏡を使った止血にこだわり、対応が遅れ死に至らしめています。開腹、止血をすれば何の問題もなかったと想像されます。同センターでは07~13年に腹腔鏡による膵頭十二指腸切除術が65例行われ、死亡率は6.2%でしたが、開腹による同手術の死亡率0.41%と比較すると約15倍高かったことも示されています。まさに、腹腔鏡手術へのこだわり、何がなんでも腹腔鏡手術、そして症例数の積み上げにこだわる、群馬大学第二外科と全く同じ構図であることが明らかになりました。信頼した外科医に託した患者さんにとって、何が一番大切なのか、それは術式の問題ではなく、安全に手術を完遂することであることが、エリート外科医には理解できないようです。
また、高難度で保険適応外の7例全てが、院内倫理委員会に諮られておらず、腹腔鏡手術の実施を知らされていない患者家族もいたことが明らかになりました。組織の問題として「原因究明や再発防止への取り組みが多くの事例で見られず、死亡が続いた」と安全管理体制の不備が批判されています。検証委員会はこうした体質を「不都合な情報を表に出したくない意識の表れ」と疑問を呈しています。