社会医療法人財団白十字会の取り組み

この高齢者の急増、支え手世代の減少、国家の財政難の三重苦の時代にわれわれ市民がとるべき道はどういうものでしょうか。社会医療法人財団白十字会では、病気の悪化を予防する取り組みを行っています。生涯付き合う慢性病の代表である糖尿病を例に挙げますと、敵である糖尿病という病気を理解することは患者さんの義務であると考えます。そのために、当院の糖尿病センターでは、看護師や栄養士、検査技師などからなる糖尿病療養指導士がコーチングという手法を用いて徹底的に糖尿病と戦う方法を指導します。すなはち、闘病の主人公は患者さんであり、「先生にお任せ」では健康は保てないと考えるからです。
肺炎は高齢者に多い病気の代表選手ですが、口腔内の菌の塊を気管に詰まらせてしまう誤嚥性肺炎は口腔ケアによって予防・軽症化できることが分かってきました。佐世保市では病院や介護施設から自宅に戻られた高齢者で歯科医院に通えない方のために、歯科医師もしくは歯科衛生士が患者さん宅を訪問しケアを行うトライアルを行う予定です。口の中が健康になると、咀嚼、嚥下機能も向上し、栄養学的にも良好な改善をもたらすものと期待されます。
寝かせきりは、高齢者にとって最も避けたいものの一つです。寝かせきりで筋肉に負荷を与えないと1週間で20%の筋力の低下が起こり(NHK調べ)、廃用性萎縮が進み、歩行不能に至ります。末しょう循環は障害され、褥瘡(床ずれ)に悩まされ、長期の入院治療の引き金にもなります。これを防ぐには、寝たきりに至る前のリハビリしかありません。医療保険を使っての回復期リハビリ病院への入院には、対象となる疾患(脳卒中、大腿骨頸部骨折、など)、の発症から2か月以内という制約がありますので、寝かせきりに伴う廃用性萎縮は対象とならない場合が多くなります。これに代わって、リハビリを提供できる仕組みが介護保険にあるのです。寝かせきりにより廃用性の筋力低下が起こり、要介護度1以上と判定された場合には、老人保健施設において短期集中リハビリテーションという3か月間のリハビリに重点を置いた入所ができます。この方法による改善の道があることは十分に周知されていないようですので、当法人では市内の事業所にリハビリテーション相談窓口を数多く設置し、市民の問い合わせにお答えできるようにしています。是非ご利用ください。
以上、白十字会が一貫して行ってきた糖尿病教育や、誤嚥性肺炎に対する口腔ケア、寝かせきり防止などの取り組みは、病気の悪化を予防することにより健康を保つことができることは勿論、皆様から集めた大切な保険料を大切に使うことに大いに役立っていくものと思われます。

社会保障費の伸びと日本の財政

久しぶりに、ブログを再開します。
日本の医療費が高騰しています。我が国の税収は約56兆円しかないのに、医療費だけで41兆円を超える巨費が使われています。勿論、医療費の大半は国民から集めた保険料や患者さんの窓口負担で賄われていますが、それだけではとても足りず巨額の税金が投入されています。介護や年金と合わせた社会保障費として補填される額は、国の一般歳出の約54%を占め、文教・科学振興、公共事業、防衛のための歳出の5倍以上を占めています(2014年度)。一般歳出に占める社会保障費の割合の推移をみると、2000年度の約35%から2014年度には約54%と突出した伸びを示しています。この原因は高齢者の急増に伴う医療・介護費用の増大、高度先進医療による薬価や診療単価の伸び、などが挙げられます。一般会計歳出の伸びをよそに税収は少子化の影響もあって伸びず、毎年巨額の公債が発行され、政府の債務残高はGDP比231.1%と第二次大戦末期の国家崩壊の危機である昭和19年の数値(204.0%)を上回り、将来に大きな不安を抱えています。
国は医療費の適正使用を指導して参りましたが、わが長崎県は高齢者の一人当たり医療費用と介護費用の合計は、高知県や福岡県を抜き去り全国トップとなりました(2013年度)。医療費が高い地域は当然保険料も高くなります。2016年度の全国20の政令指定都市と47の中核市を比較した調査によりますと、残念ながら佐世保市は67市中、3番目に高い国民健康保険料が課せられていました(朝日新聞調べ)。

「説明は横文字ばかりで理解できなかった・・・群馬大学第二外科報道より」その11

定期購読している医療タイムス本年6月1日号に掲載されていた記事を紹介いたします。
医療専用コミュニティサイト「MedPeer」を運営するメドピア株式会社は、群馬や千葉の医慮機関で腹腔鏡手術に関する問題が相次いだことを受け、会員医師に対して「難易度の高い腹腔鏡手術をはじめとする先進的な医療の現状や、医師の意識について」のアンケートを実施し、以下に述べる結果を取りまとめています。
Q1 群馬大学病院や千葉がんセンターの問題と、同じような事例の経験はありますか、の問いに対し、医師全体の約4割、外科医の半数以上が、「問題が起きた、または危機感を感じたことがある」と回答しています。続けて、
Q2 こうした問題を防ぐことができない要因になっているものは、の問いに対して、半数以上の医師が「専門が細かく分かれているため、他科の診療方法がわかりにくい」と回答しています。続けて、
Q3 「患者の安全」と「医療の進歩」どちらが重要か、の問いに対し、6割以上の医師が「患者の安全」が重要と回答しています。「患者の安全」が重要とする回答の一部を挙げると、「腹腔鏡は低侵襲ということで行われているので、それで危険性が高まるなら本末転倒です」、という意見や「医療の進歩も患者の安全のためだから」という意見がありました。
一方、「医療の進歩」が重要とする意見として、「安全のみを優先していては進歩がない」という意見や、「将来多くの人を救える」という意見がありました。さらに、
Q4 今後の「インフォームドコンセント」のあり方についての質問には、「繰り返し説明しても、お任せします的な回答も多く、患者サイドが良く理解されていない場合も多い。重ねて説明には務めるが、日本には欧米と違い自己判断での決断に慣れていない事も実際の臨床現場の悩みであり、今後さらに時間がかかるものと考えます」という回答がありました。私も個人的に全く同じ考えです。
 説明支援ナースの育成、パンフレットを用いた説明・納得の得られるまでの受け答え、病院内に設置した患者さん用図書室、これらのすべては患者さんサイドがこれから受けようとする手術や検査がもたらす効果や恩恵を理解すると同時に、不確実性の代表的存在である医療手技の合併症の種類とその頻度、それが起こった時の対処方法を理解し、最終的に自己判断する、その目的のために十数年をかけて努力して参りました。医療の消費者である患者さんが、“賢く”必要とする医療を選択できるような時代の幕開けになれば幸いです。

新シリーズ構想の為、しばらく時間(夏休み)をいただきます。ご了承ください。

「説明は横文字ばかりで理解できなかった・・・群馬大学第二外科報道より」その10

私が大学病院で卒後教育を受けた頃、患者さんへの情報提供は医師のパターナリズムによって支配されていました。パターナリズム(paternalism)とは、父親的温情主義、父権主義、父権的干渉主義と訳され、本人の意志に関わりなく、本人の利益のために本人に代わって意志決定をすること、とされています。父親的な強い立場にある医師が患者さんは素人だ。自分で正しい判断を下すことはできない。その結果、医療行為に際しては、患者が医師より優位な立場に立てないことになります。
 私は消化器内視鏡医ですので、胃がんや大腸がんの患者さんの主治医を勤めることが多かったのですが、なかには発見時にはすでに進行しきった状態の患者さんや、外科で手術をして頂き、一旦は退院されたあと、再発のために再入院された患者さんも少なからずいらっしゃいました。
 患者さんへの病状説明は当時必ずパターナリズムに則ったものでした。「あなたは癌ではありません。しかし、難治性の疾患で時間がかかります。全力を尽くしますので一緒に頑張りましょう」という説明が大半でした。家族には正確に病状を話しますので、予後が不良であるのは理解していただけるのですが、問題は患者さんご本人です。病状は進行し、下血や全身倦怠感、腹水、体重減少など、とても良性疾患では説明のつかない病態の悪化を不安げに訴えられても、「一時的なものですから、腰を据えて頑張りましょう」と云い張らなくてはなりませんでした。ご家族も「決して癌だということを知らせないで下さい」と希望される方が大半でした。最初に看取った末期胃がんの患者さんは、闘病の最後には既に死を覚悟されているようでしたが、「気分を変えるため桜を見に行きましょう」と車椅子で敷地内の満開の桜を見に行きました。ある準公的病院でのことでしたが、これが見納めとしげしげと桜を見ていらっしゃるご老人の横顔を見ていると、「ああそうだったのか」と納得して死に臨んで頂けるために全てを告白すべきではないかという衝動にかられたことを忘れません。

「説明は横文字ばかりで理解できなかった・・・群馬大学第二外科報道より」その9

千葉県がんセンターで腹腔鏡手術後に患者11人が死亡した問題で、県の第三者検証委員会は3月30日、県に報告書を提出しています。同センターでは2008年6月~14年2月までの間に手術を受けた57~86歳の男女計11人が手術当日から約9か月までに死亡し、うち10人に診療行為に問題があったとしています。その10人はいずれも手術で切った臓器をうまく縫い合わせられなかったり、術後の検査が不十分で対処が遅れたりするなどの問題点を指摘されています。なかには、「腹腔鏡手術を行うには技量不足」と技術自体を問題にされたケースも含まれています。手術当日に亡くなった76歳の女性の例では、出血した際に腹腔鏡を使った止血にこだわり、対応が遅れ死に至らしめています。開腹、止血をすれば何の問題もなかったと想像されます。同センターでは07~13年に腹腔鏡による膵頭十二指腸切除術が65例行われ、死亡率は6.2%でしたが、開腹による同手術の死亡率0.41%と比較すると約15倍高かったことも示されています。まさに、腹腔鏡手術へのこだわり、何がなんでも腹腔鏡手術、そして症例数の積み上げにこだわる、群馬大学第二外科と全く同じ構図であることが明らかになりました。信頼した外科医に託した患者さんにとって、何が一番大切なのか、それは術式の問題ではなく、安全に手術を完遂することであることが、エリート外科医には理解できないようです。
 また、高難度で保険適応外の7例全てが、院内倫理委員会に諮られておらず、腹腔鏡手術の実施を知らされていない患者家族もいたことが明らかになりました。組織の問題として「原因究明や再発防止への取り組みが多くの事例で見られず、死亡が続いた」と安全管理体制の不備が批判されています。検証委員会はこうした体質を「不都合な情報を表に出したくない意識の表れ」と疑問を呈しています。

「説明は横文字ばかりで理解できなかった・・・群馬大学第二外科報道より」その8

群馬大学病院の外科の体制は第一外科と第二外科があり、それぞれに消化器外科、呼吸器外科、乳腺・内分泌外科などのチームがありますが、手術のやり方一つを見てもやり方が違い情報も共有されていませんでした。私自身も同じ経験を致しましたが、同じジャンルの研究チームであっても大学病院の中で科が違えば、所在地は同じなのにまるで地球の裏のように“遠い”存在になるのです。
野島病院長は記者会見で「閉鎖的な診療体制だった。外の専門化の意見にさらされず、診療の振り返りがなされなかった」と8人全員の診療で「過失があった」とした原因を振り返っています。手術をした第二外科で肝臓の担当医は2人だけで、診療のほとんどが問題の男性医師に任されていました。週1回は第二外科内で症例報告会議が行われましたが、個別症例毎の深い議論はなく、肝臓担当の2人の医師以外の同僚は意見を言うこともなかったようです。まさに、具英成教授が指摘されるように手術能力の評価や手術成績の検証などチェック体制がずさんだったと言わざるを得ません。このような閉鎖的な体制の中、死者が続発したということになります。
群馬大学病院のこの事件に対する最終報告書が公表された3月3日、腹腔鏡手術を受け死亡した患者の遺族の女性は、「亡くなった人はもう帰ってこない。でもとにかく真実が知りたい」と述べています。病院による調査報告の説明は受けたが、今も「どうしてこんなことに?」という疑問は消えず、「病院の一方的な話だけでは納得できない」と、なぜ男性医師が十分な検証も受けずに腹腔鏡手術を続けたのかについては触れてなく、「これは最終報告とは言えない」と感想を述べています。
野島病院長は「なぜもっと早く問題を把握して、対応できなかったのか。それが最大の問題だった」と沈痛な面持ちで振り返っていました。
群馬大学第二外科のホームページを見てみました。入院生活の部分のB)クリニカルパスには、次のような記載があります。
「入院中も患者さんに不安がないようにクリニカルパスとそれをサポートする冊子等を用いて、手術、退院までの一連の流れを説明し、医療スタッフと知識を共有し、不安を軽減できるような体制で診療を進めております。」

「説明は横文字ばかりで理解できなかった・・・群馬大学第二外科報道より」その7

再び群馬大学第二外科の話に戻ります。
群馬大学病院は2015年3月3日、腹腔鏡による肝臓手術で患者8人が相次いで死亡した件に関して記者会見を開き、8人全員の診療で「過失があった」とする最終報告書を公表しました。発表によりますと、問題になっているのは2010年9月に胆管細胞がんと診断され胆管や肝臓を切除する手術を受けた後、容態が急変して3日目に死亡した患者さんですが、死亡から10日後、切除した肝臓の病理検査で癌ではなく良性のできものであったことが確認されました。しかし、この40代の執刀医はこのことを遺族に報告しませんでした。そればかりか、同年11月に自ら作成した診断書には「胆管細胞癌」と当初の診断名を記載しました。このとき既に癌ではないと病理学的に判明していたため、虚偽の病名を記載していたことになります。これを受け、病院は3月2日より第二外科教授の診療科長としての業務を停止し、執刀医については「医師の適格性に問題がある」として一切の診療行為を停止しました。
肝臓の腹腔鏡手術を手がけている別の病院の外科医によると、「手術後に出血や胆汁の漏れがあった例が多い。技術的に問題があるとしか考えられない」と語っています。そして、「患者が亡くなっているのに検証もせず、同様の手術を繰り返すとは極めて異常な事態。腹腔鏡手術の実績を作りたかったのではないかと疑いを持った」としています。実際、執刀医は精力的に学会活動を続け、昨年4月には日本外科学会にて自らの手術成績を「おおむね良好な結果」と発表しているのです。
肝胆膵手術が専門の神戸大学の具英成教授は、「これほど深刻な事態に至ったのは、診療科内で、手術能力の評価や手術成績の検証などチェック体制がずさんだったためではないか」としています。

「説明は横文字ばかりで理解できなかった・・・群馬大学第二外科報道より」その6

説明支援ナース登場の訳~その3~
 一方、患者さんにとっても何でも質問できる雰囲気の中で、何度でも読み返せるパンフレットを用いての説明は価値の高いものになると考えます。自分がどういう病気で、何のためにその手技が必要で、どういう利点と欠点があるのか、合併症が起こった時にはどういう処置をしてくれるのか、そしてそのほかにどのような手技や方法があるのかを知った上で、自分で一つを選択できる、これこそ患者さんが求める知る権利に応える最良の方法の一つに違いありません。事実、われわれの病院でこの方法で説明をさせていただいた患者さんの評価と満足度はことの外高く、時間の節約とストレスの軽減の面から担当医からもよい評判を頂いております。お時間があれば、当サイト内理事長メッセージ、急性期医療編「ストレスからの解放」(動画)をご覧下さい。
とくに、手術の場合には家族の同意が欠かせません。高齢の患者さんのみの外来受診ではその日のうちの承諾書作成は無理な話です。DPC制度下の現在、緊急手術を除いて予定手術までには時間があります。医師に代わって説明支援ナースが家族と面会説明し、納得が得られた時点で医師を呼び承諾書を作成します。「遠方だし、仕事が忙しいから行けない」と答える家族の言葉はそのままカルテに説明支援ナースが記載します。合併症が起こった後で「大事な母をこんな目にあわせて」とおっしゃるなら、大事なお母さんの大きな手術の前に合併症が起こりうることは理解すべきだと思うからです。そんな場合も、メールでパンフレットを送ってさしあげるといいのかもしれません。メールでの応答の後、承諾書にサインが頂ければ問題は解決するものと思われます。
 DPCが始まって、入院期間はさらに短くなりました。現在も一部には疾患定額制の導入もあり、日本版DRGの登場も時間の問題と思われます。患者さんにとって大きな問題である入院も、短い期間では患者さんと医療者とのコミュニケーションも淡白なもので終わりがちです。加えて、生活習慣病など繰り返しの入院が必要な疾患は増える一方です。一人の患者さんを、外来から病棟まで一貫して看て護る人間が必要なことは明らかです。看護師を外来、病棟と縦割りにしているのは病院の組織上の都合に原因があるわけで、決して患者さんの立場を考えてのものではありません。その分野のプロである説明支援ナースには外来で自ら説明し、理解を得た患者さんが、実際にどのような入院生活を送るのかを是非見ていただきたい。入院初日に顔を見せたら入院が初めてで不安な患者さんの気持ちもきっと落ち着くことでしょう。手術の前日も外来で与えた安心のおさらいをすることで患者さんは勇気づけられることでしょう。手術当日、翌日と患者さんがどのような状態で一日を過ごされているのか、自分が説明した内容とどう違うのか、いつ頃からどのように回復されて退院に近づいて行かれるのか、説明支援ナースにとって毎日が勉強になるはずです。毎日、短時間の訪室で構いません。病名は同じでも、患者さん一人ひとり異なる回復の様子、これを多数例経験することで外来での説明にも幅が出てくるものと考えます。きっと素晴らしいクリティカル・パスの立案者になってくれることでしょう。退院が近くなったら、次の外来受診のお約束をします。一貫して看て護る人にだけ、話してくれる入院生活で感じたこと、病院が改善すべきこと。ここに宝が隠されていることを病院管理者は知るべきです。
 医師は多忙で目前の患者さんへの対応で手いっぱいです。医師はオールマイティですべての分野に真面目にかつ精力的にかかわってきた、これが日本の病院の姿だと思います。しかし、医師不足で医療崩壊(本当は病院崩壊)が叫ばれる昨今、看護師の力を信じ、権限を与え、任せることが解決策の一つだと考えています。形だけ、看護師の副院長を作って満足している病院には未来はありません。
 われわれ独自の法人内認定制度の一つ、説明支援ナースの誕生のいきさつを書いて参りました。この試みはまだ新しく、未完成です。数多くの方々からご意見を頂戴できれば幸いです。

「説明は横文字ばかりで理解できなかった・・・群馬大学第二外科報道より」その5

説明支援ナース登場の訳~その2~
 その患者さんが退院されたあと、病棟には疲労感と失望感が漂いましたが、この問題の解決策はなかなか見出すことができませんでした。しかし、意外なところからヒントを頂き、たどり着いたのがこの説明支援ナースでした。
 3~4年前、小泉首相の背中を押していた経済財政諮問会議の方々が、「株式会社が病院を運営したらこんなことができる」としたリストに、「医療通訳者」があったのです。医療を部外者から見たら、病院外来の説明は不足しているし、専門用語だらけで難しいので、理解させるための有料サービスとして医療通訳者を提案していたのです。
 すでに無料で取り組んでいる医療機関があることも知りました。福井県済生会病院の副院長先生の考案でしたが、外来でどうみても医師の言うことを理解できていない患者さんが少なくない。そういう場合には医師や看護師のオーダーで「メディカル・コーディネーター」を呼ぶことができる。メディカル・コーディネーターは患者さんと医師との中間よりやや患者さん寄りの立場で、病状と治療方針を説明し理解して頂く。そうすることによって、患者さんの不安がなくなり誤解が減れば病院にとって好ましいことになると話しておられました。
 ただ、この話を聞いた医師の中には、「コーディネーターがそのケースに合わない不適切なことを説明したら、修正するのにかえって手間ひまがかかる」と敬遠される先生もおられました。これらを参考にして私が考えた説明支援ナースの骨子は以下の通りです。
 外来の看護師さんの中から選抜して、医師の説明の一部を代行するナースを育成する。診察・診断はもちろん医師の役割で治療の必要性までを医師が説明した後、実際の手技に関して代行して説明する。対象はパスが作成できるような各科の一般的な検査や手術に限定してスタートする。説明はその範囲、程度にバラツキがあってはならないので医師が主導して検査・手術の説明用パンフレットを作成する。それを用い説明支援ナースがもらさず説明し理解を求める。パンフレットにはその手技のあらましを図解し、その手技の優れた点、平均的な経過、大まかな費用等とともに、重篤な合併症の種類と国内でのその発生頻度と当院の頻度、合併症が起こった場合の処置方法などのネガティブデータも明記する。さらには、勧めている手技以外に問題解決にどのような選択肢があるのかを挙げ、患者さんや家族に選択させ納得していただく。
 われわれの病院では手始めに消化器科と泌尿器科がこの業務を始めました。消化器科では上部消化管内視鏡検査、大腸内視鏡、ポリペクトミーを、泌尿器科は腎盂造影、膀胱造影そしてウロストーマを選びました。種類は少なくても各々両科の基本的な検査であり、手技でありますので、対象となる患者さんは多く説明支援ナースのおかげで外来において担当医が節約できる時間の総量は大変なものになりました。また、そのパンフレットに書いてあることを説明し、承諾を得たことをカルテに明記してくれますので、「聞いてない」「承諾していない」など不毛の言い争いをすることから解放されますので医師も安心です。忙しい外来時間での何よりのストレス減らしの方法の一つと思われます。

「説明は横文字ばかりで理解できなかった・・・群馬大学第二外科報道より」その4

説明支援ナース登場の訳~その1~
 医療事故の報道があとを絶ちません。誤認や技術不足が原因とされる報道に加えて、最近目立って増えているものに、説明義務違反があります。「医師から説明がなされていなかった」、「聞いていなかった」等により病院や医師個人に賠償責任を求めている事例です。医療崩壊(本当は病院崩壊ですが)が社会問題になってからは、マスコミの報道の仕方も以前のように一方的ではなくなりましたが、医療事故に対する患者・家族の視線の厳しさに、医師が訴訟リスクを嫌って、勤務医を辞めて開業医に転じている原因になっているのは変わりません。
 多くのケースでは、医師はある程度は説明していたのだろうと私は想像しています。しかし、言葉が足りなかったり、難しすぎて患者さんや家族の記憶に残せなかったのだろうと思います。そして、カルテにその記載を残さなかったので、医師の言い分を証明するものが何もなく、医療の結果が悪い場合には説明義務違反を問われてしまっているのです。
 われわれ医療人には常識であること、すなわち医療には限界があり、生命予後には不確実性を伴うことを、われわれは患者さんに平易な言葉で伝え理解していただく必要があります。検査や手術には予期せぬ合併症を伴うことを認識していただくことが不可欠です。予期せぬ出来事は何%くらいの確率で起こるものなのか、そしてそれが現実に起こったときはどう対処するのか、もしわれわれが患者さんの立場であれば当然知りたい事柄です。そして、最近の裁判所の判断はそこまでの詳しい説明をすることが医療提供側の義務としています。
 しかし、これだけの説明を忙しい外来医師が完璧に行うことが可能でしょうか。カルテにその証拠を残さなければなりませんが、漏れはないのでしょうか。家族が入れ替わり、何度も求められる説明に果たして医師が対処できますでしょうか。勤務医にとって極めて大きなストレスだと思いますがいい解決方法はないものでしょうか。
5、6年前、われわれの病院で医療事故が起こりました。下部胆管狭窄の女性患者さんに対してERCP 、乳頭拡張術の術中に起こったもので、操作により膵管を傷つけ急性膵炎を起こしました。CT検査で腹水が貯留し、重症膵炎の状態でした。患者さんのご家族の2人の息子さんたちは遠方にお住まいのため、検査の事前の説明は消化器内科医が患者さんご本人にのみ行っていました。ERCP,EPBDの手技や合併症を含めて詳しく図示しながら説明していましたが、息子さん達には伝達されていませんでした。事故の後、後腹膜ドレナージの必要性から若手の外科医も治療に加わりました。急遽息子さんたちに来院していただき、医師団から状況説明がなされましたが、ご家族からは強いご不満と厳しい指摘の声があがりました。病状は一進一退を繰り返し、一時はショック状態に陥りましたが、幸いにも一命を取り留めました。遠方から通ってこられるご家族には大変なご不自由とご負担をおかけいたしましたが、一方で、当院の医師も週末は家族説明のため、休日出勤を余儀なくされました。病棟看護師に対するご不満も多く、例えば「24時間看護のはずなのに、何時も母に看護師がついていない、だから痛みがとれていない」などたびたびお叱りを受けました。入院は10か月に及びましたが、無事に退院を迎えたスタッフは、患者さんに申し訳なく思うのと同時に、合併症を医療ミスと誤解されてしまった後では努力してもコミュニケーションはとれず、説明の大切さをいやというほど知らされました。スタッフも大変なストレスだったと思いますが、私にとって最もショックだったのは、それから暫くして治療にあたったその30代の前途有望な外科医が、燃え尽きてわが病院を辞めてしまった事でした。理事長に就任して4年、大きな試練の一つでした。